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子どもを褒められない親の心理的背景

子どもが試験でいい点数を取ってきた。でも口から出る言葉は「今回はよくできたね。次はもっと頑張らないと」だ。褒めようとしても、いつの間にか次の目標を提示している自分に気づく。なぜ私たちは子どもを褒めることがこんなにも難しいのだろう?

多くの親が経験するこの状況は、単に性格や習慣の問題ではない。

褒める言葉の裏に隠れた不安

心理学では、親が褒めることをためらう理由を愛着理論と世代間伝達パターンで説明している。自分が子どもの頃に褒められた経験が少なかった親は、褒め方を学ぶ機会がなかった。褒めることは技術でもある。学んだことのない言語を自然に使うことは難しい。

しかし、より深い理由がある。発達心理学者キャロル・ドゥエック(Carol Dweck)の成長マインドセット研究は、褒めることの両面性を示している。親たちは無意識のうちに知っている。過度な褒め言葉が子どもを脆弱にする可能性があることを。「あなたは賢いね」という言葉が失敗を恐れる子どもに育ててしまうかもしれないという心配。だから褒める代わりに、より高い基準を提示する。

意外とよくある心理的パターンがもう一つある。自分が成し遂げられなかったことを子どもを通じて実現しようとする代理満足欲求だ。子どもの現在の成果を認めてしまうと、そこで止まってしまうのではないかという恐れ。だから常に「次」の話をする。

完璧主義と比較の罠

韓国社会の競争的な教育文化も褒めることを難しくしている。「1位でなければ意味がない」という考え。子どもが2位になったとき「1位は誰?」と聞いてしまう瞬間がある。絶対的な成長よりも相対的な位置にこだわる社会では、褒める基準が上がり続ける。

よく繰り返される場面がある。子どもが絵を描いて見せてくれる。親は絵を見ながら「ここのこの部分はちょっとおかしくない?」と指摘する。良い意図だ。もっと上達してほしいという気持ち。しかし子どもが聞くのは「まだ足りない」というメッセージだ。

褒められない親の世代間連鎖

精神分析学的な観点から見ると、親が褒められないのは自分のインナーチャイルドと関係がある。子ども時代に認められなかった傷が残っている親は、他者を褒めること自体が難しい。褒めることは相手をありのままに受け入れる行為なのに、自分自身すら受け入れられていない人には困難なことだ。

興味深いのは、褒められない親の相当数が自分を「厳格だが愛情深い親」と認識していることだ。愛情は確かにある。しかし、その愛情を表現する方法が褒め言葉ではなく、心配、指摘、準備の形で現れる。

褒めることが必要な理由

愛着理論の創始者ジョン・ボウルビィ(John Bowlby)は、子どもの情緒発達における安定した愛着の重要性を強調した。褒めることは単なる報酬ではなく、「あなたは価値ある存在だよ」というメッセージを伝える情緒的な鏡である。この鏡がなければ、子どもは自分の価値を外部の成果だけで確認しようとする。

多くの人が大人になっても他者の承認に過度に依存する理由がここにある。子ども時代に内面化すべきだった自己価値感を形成できなかったからだ。

観察すべきポイント

褒められない自分に気づいたなら、次のことを自分自身に問いかけてみるのも助けになる。私はどんな状況で褒める代わりに別の言葉を言っているのか? もしかして子どもの成果ではなく、自分の不安を先に見ているのではないか? 褒めると子どもが怠けるのではないかという恐れ、その恐れは実際の経験から来たものなのか、それとも自分が聞いてきた言葉の繰り返しなのか?

褒めることが子どもをダメにするのではなく、間違った褒め方が問題だ。「あなたは天才ね」よりも「この部分を粘り強くやり遂げたのがすごいね」が子どもの成長を助けるという研究結果はすでによく知られている。

親も完璧ではない。褒められないからといって悪い親ではない。ただ、そのパターンを認識し、少しずつ変えていくことができれば、子どもとの関係は確実に変わるだろう。今日子どもが見せてくれた小さな努力一つを見過ごさないこと。そこから始めることができる。

この記事は一般的な心理情報に基づいた参考用コンテンツであり、個人の状況によって解釈が異なる場合があります。